未来は読めない。
本日の東京時間
洗濯機を回した。
上がるか、下がるか。
はたまた抜けるか、割るか。
という事…ではなく
雨が降るか、降らないかの先を読んでいた。
前場が終了間際午前11時すぎの事である。
(厳密には本日は東京市場は休場)
外に干すか、コインランドリーに行くか
天気を読んでいた
予報家達の予想は、15時から雷を伴ういわゆるスコールが降るとの予想。
確かに雲行きは怪しい。しかしチラホラ晴れ間は見えている。悩ましい。実に悩ましい。
結局私は予報家の予想に乗っかり、コインランドリーへ馳せ参じたのであった。
雨が降る前に愛犬の散歩を終わらせるべく、近くの総合運動公園へ
公園には数十人居たが、ナイスバディな女性がランニングしている事しか記憶にない。輝いている人は記憶に深く刻まれるものかと感心し散歩を終える。
午後15時。
一向に雨は降らずなんなら、さんさんと日が照り始める始末。
この時期の天気は予報家達をも悩ませるのか。
しかし予想が外れたからと言って落胆する必要もない。
何故なら洗濯物は乾き、散歩も無事行けたから。
話は変わるが為替のチャートもこの時期は読み難い。
自分が描いたシナリオを簡単に覆してくる。
思考の偏りが負けに繋がる。
相場は読まず、臨機応変に対応していきたい所である。
何事も傾向を学び、対策を打つ。
それが早い人ほど、資本主義では成功者になる。